旅がテーマの短編集『みんなで一人旅』発売しました。
書きたかった旅先はたくさんあるんですけど、今でも思い出すとぞくりとする神社の話を。
長野に友人が住んでいて、車であちこち連れていってもらっている。南信州の趣味人A氏に率いられ、ベリーダンサーのCさんと三人で木曽を訪れたのは四年前の晩秋。赤松自然休養林から次の場所に向かう途中に吊り橋があった。
『姫淵(ひめぶち)』(→ 地図)
今から八百年ほど前、とある姫が果てた場所とのこと。渓谷の向こうには森が拡がり、森に吸いこまれるように吊り橋が架かっている。
吊り橋といえば謎。吊り橋といえば罪の告白。昭和の二時間サスペンスドラマが好きなCさんと私は大喜びで吊り橋を渡った。
人はまったくいない。前日の雨が頭上の木からぽつぽつと落ちてくる中、濡れた枯葉の上を歩き、鳥居を二つ三つ抜けて木道を進む。その先の朽ちかけた祠(ほこら)は悲劇の姫を祀(まつ)った姫宮神社。
一応三人で手を合わせ、A氏、Cさんに続いて木道を戻ろうとしたとき、体が何かに掬(すく)われた。
気づくと木道の上にうつ伏せに伸びていた。何が起きたのか分からなくて少しそのまま伸びていた。
膝までのダウンコートを着ていたから衝撃が少なかった。木道が濡れていたから足がすべった。それは分かるけれど、不思議なのは足をすべらせたときのヒヤリという感覚がまったくなかったこと。
歩いていたら次の瞬間木道に伏せていた。見えない手でうつ伏せに持ち上げられ、ぱっと手を離されたように。
顔を上げるとCさんの後ろ頭が目の前にあった。私とは逆、仰向けに「倒された」ところ。A氏はその先で呆然とたたずんでいた。
なぜ。なぜ女二人だけが倒されたのか。なぜA氏だけ無事なのか。
「姫、女の人が嫌いなんだよ」
「それかAさんを好きになって贔屓(ひいき)」
Cさんと私はそういうことにした。動機は愛か憎しみ。二時間サスペンスドラマなら。
——木曽の山奥に響き渡る悲鳴! 悲劇の姫の怨念!? 謎の怪奇現象!
しかし先日、ある人にその話をしたら言われた。
「それ単に、そのとき女二人だけが弱ってたんじゃないの?
弱ってるときにパワーの強い場所に行くと、がつんとやられちゃうんだよ」
確かに私はそうだった。だから少しでも元気になりたくて木曽ツアーを組んでもらった。でもCさんは、と聞いてみたら同じ。
「今だから言えるけど、○○のことでどうしようか毎日悩んでた」
A氏にも聞いてみた。
「とくになかったです」
めったに人が訪れなさそうな神社で、姫もパワーを持て余しておられたことでしょう。そして弱っていた二人だけが「がつんとやられ」ちゃったということ。
弱っているときにパワースポットに行ってはいけないようです。行くなら心身ともに元気なときに。女嫌いだとか贔屓するとか言って姫ごめんなさい。
橋から先の写真はA氏にお借りしました。
(↓私が撮った写真は全部こんな)