残したもの、残ったもの|実家じまい3

母の転居と実家じまいの準備に追われていた1月末、父が亡くなりました。母に代わって葬儀一切と諸々の手続に追われた2月でした。

葬儀、初七日、母の転居と何とか終えて、次はいよいよ実家を空にする番。
小さい家だけど、家具と物がぎっしり詰まった二階建て。まあいろいろあって大変なことになっているわけです。

閉めきった窓が開くとき|実家じまい

最初はある程度まで自分で片付けるつもりでした。
大物家具・家電は無理でも、それ以外のものは自力で処分できると思って。甘かったです。すぐに挫折しました。
ゴミが出せないからです。

ゴミは朝出さないといけないから、5時起きで実家に向かい、8時までにゴミ袋を置き場所に運ぶ。それは何とかできたけど、最初に出したゴミはほとんど突き返されました。ゴミの分別で引っかかって。
実家がある市はゴミの分別がものすごく細かい。分別表を見ながらがんばって分別したけれどダメでした。
プラス、市とは別に町内ルールもありまして。たとえばペットボトルは市の回収には出さず、近くのスーパーの回収ボックスに入れる、など……。
父がさんざん迷惑を掛けたご近所さんに、娘たちまで迷惑を掛けるわけにはいきません。

幸い、母が仮住まいしていた施設の担当者さんが空き家対策協会のメンバーで、片付け業者さんを紹介してくれました。
見積もりに来ていただいたら作業は2日、85万円とのこと。2桁で収まってほっとしました。

それでも丸投げというわけにはいかなくて、週一で実家に通いました。

家中の扉を開け、中身をかき出して、母が希望するものを取り分け、貴重品や金目のもの(笑)がないかチェックする。
とにかくホコリがすごくて、着ていたベージュのダウンジャケットが真っ黒になって、なぜか穴まで空いていた。ゴミが出せないからゴミ袋がたまって足の踏み場がなくなっていく一方。地獄かな?

一番厄介だったのは人形です。ホコリまみれの人形の山。
50代の姉妹二人が子どものころに遊んでいた人形が全部とってある。よく分からない日本人形や、母が旅先で買った人形もごろごろ。
呪われそうで捨てられない。お焚き上げをしてくれる神社に送らせてもらいました。

結城諏訪神社
https://suwa-jinja.jp/kuyo

120サイズの段ボール箱2箱で14,000円。まだまだ出てきて追加で1箱送ります……。

母が残してほしいというアルバムは、妹夫婦が押し入れから引っ張り出して箱詰めしてくれました。100サイズの箱で10箱あった。
母の洋服の整理は私の友人が手伝ってくれました。タンス5棹分+α。
捨ててもいいのかな、いいのかな、と迷いがちな私を友人が一喝。
「年寄りの言うことを聞いてたら終わんないよ」
何とかゴミ袋3袋分にまで絞り、さらに妹により分けてもらってスーツケース一個分に納めました。

ティッシュ、トイレットペーパー、洗剤など、未使用未開封の消耗品はご近所さんへ差し上げました。
山のようにあるラタンや竹のカゴ、花瓶は物置に入れておいて好きなものを持っていっていただきました。
残りはご近所さんがリサイクルショップに持って行ってくれていて、もう本当に感謝しかないです。

2月末、いよいよ撤去。
前日に実家に行き、ご近所さんに挨拶回りをしてから実家の中を最終チェック。夜はビジネスホテルに泊まって、翌朝また実家へ。
朝9時に作業スタート。作業員さんは4人。私と妹は立ち合いついでに庭を片付ける。
作業員さんの片付けは見とれるほど早い。家具やゴミ袋が2トントラックでどんどん運び出されていく。
ときどき作業員さんのセキが聞こえてくる。ホコリでむせているよう。申し訳ないです。

1日目は遠方に住む妹の都合で、作業員さんに鍵を預けて昼前に帰宅。
2日目は雨。朝、実家に行ったら2階はすでに空に。1階もかなり片付いている。
朝9時に作業スタート。私は雨の中レインコートとゴム手袋で庭の片付けの続き。作業員さんが帰るまでに出た庭ゴミは一緒に持っていってもらえるので。がんばるしかない。
雨のおかげでホコリが立たず、雑草も多少抜きやすい。恵みの雨でした。

荷物の撤去もさくさく進行。ピアノと物置、4台のエアコンの撤去は多少手こずったようですが、昼過ぎにはすべての作業が終了。4トンと2トンのトラックを見送って完了。

作業の2日間は、業者さんに鍵を預ければ立ち合わなくても大丈夫だと言われました。
実際は業者さんから「これ取っておきますか?」と確認されることがあり、逆に残しておくと勘違いされたものもあり。私は立ち合ってよかったです。

取り置いた父の腕時計と万年筆を置き忘れてしまったのですが、回収したゴミの中から見つけてもらえました。
ゴミはすぐには捨てないそうです。分別とかするのかな? 仕事だから見ても何も思わないとは思うけれど、自分のゴミだったら恥ずかしいな。

トラック十数台分の荷物の中で、残したものはごくわずか。

父の物は母から頼まれた腕時計と万年筆だけ。
友人はそば猪口とティーセット、中国茶のマグ、電気毛布と防寒ソックスをもらってくれました。母と同じく冷え性なので。役に立ってよかった。

妹はサファイアとパール、掃除機と小さい電気ストーブ、大量の未開封コラーゲン。ジノリの皿とロイヤルコペンハーゲンのカップ。
私は18金とガーネット、あまり使われていない食器類——皿や小鉢、パイレックスの耐熱皿とデュラレックスのミニボウル。オーブントースターとシャトルシェフ。未使用の洗濯ネットと重曹。

家中から出てきた小銭大銭も山分けしました。ささやかなご褒美です。

アクセサリーと食器と家電と小銭くらいで済むのは家族だから。こんな片付け、他人にぜんぶ任せたらいくら掛かったことか。

実家通いの交通費・食費・宿泊費、業者さんやお焚き上げの費用を賄えたのも、母が貯めていてくれたお金があったから。

私の片付けはきっと他人様にお願いすることになるでしょう。そのためのお金をキープしておかなくちゃ……としみじみ思いました。

【お宝?】

祖母のコレクションだったらしい記念硬貨が出てきました。沖縄復帰、内閣制度百年、青函トンネル開通、東京オリンピックの千円硬貨など。
明治の二銭銅貨もあって、これどうしたらいいでしょうね?